形成的評価は指導の途中で行う評価で、指導の改善に生かします

「英語教育8月号」(大修館書店)を読んで

1 「世界的ウイルス感染時代に英語授業でできること」三浦孝(静岡大名誉教授)

生徒が欲しているのは赤ペン添削よりもむしろ、自分の文章に人間として暖かく反応してくれる人の存在である。

もちろん、赤ペン添削の人間として暖かく対応しているのであるが、ここでは、赤ペン添削をしてくれる先生も時間がないという理由で増えてきていると、著者は言いたい。やらせっぱなしが非常に多いと感じる昨今、面倒だし忙しいけど、一生懸命仕上げた成果物は心を込めてみてあげたい。

2 「ゆずれない音読の意義とは」萩原一郎(都留文科大学特任教授)、久保野りえ(都留文科大学非常勤)

今回は音読の重要性について、またしても、自分の実践を裏付けるコメントが多かった。

自分で綴りを見て、音声にできるとは限りません。読んでいる所の字を指で辿らせたり、スクリーン上で徐々に文字を示していったりします。

すぐに、Chorus Readingをしてしまうと、周りにつられて読んでいるだけで、本当に自分はその単語の綴りを音声化できているのかわからない。音と綴りの一致をしっかりさせることが大切。

意味をしっかりとっていくのには、音読より黙読が有効です。

これも、このブログで何回か主張していることであるが、音読しながら意味を取るのは難しい。特に、初学者にとっては困難である。音と綴りを一致させるために、脳のメモリーが使われるので、意味解釈まで辿り着かない。意味理解をさせた後か意味がわかるようになるまで何度も何度も音読をすればできるようになると思うが。ギターを練習している人に弾きながら歌いましょうと言っても、すぐには無理だというのと似ている。それでも、敢えて、一体音読する意味とは?

声を出して読んでいるので、翻訳しながらの返り読みにならず、自然と頭から意味を取る、直読直解につなげられる。音読しているときに意味を頭からとっている。音本文の内容を扱う前にまず一斉音読というのは、文章に全員の目を向けさせる役割はあっても、これでは意味をとりながらの音読にはなりません。これでは意味を取りながらの音読音読と同時に意味を早期していくのは、慣れない生徒には難しいようです。【私はなぜかできません。】音読が「空読み」音読が担っている高校生をかなりみてきました。

スピーキングやリーディングにつなげるための活動として、一体音読をすることが非常に効果的であることがわかった。できるようになるまで、スモールステップで取り組ませることにする。

音読の基本的な流れ ①Model Reading ②Chorus Reading. ③Buzz Reading ④Individual Reading

さらに、Michael Westが提唱した”Read and Look Up”と穴あき音読

Read and Look Upは、①生徒は教科書を開いて机に置く。②先生がReadと言ったら、1行だけを黙読。③先生も一緒に黙読しLook up.と声をかける。④生とは顔をあげて、教科書を見ずに今黙読した1行を言う。

1行黙読するときに、英文の構造も、意味も頭に入れるようにします。英文を言う際には、詰め込んだ物を吐き出すのではなく、頭に入れた意味を、自分で言っているかのように、聞き手に向かって話しかけるように言います。

Read and Look Upも穴あき音読もやってきたが、今ひとつ効果を感じることができず、授業の活動としてはあまりしなくなってしまったが、もう1回見直してやっていこうと思う。「1行黙読で、英文の構造と意味を頭に入れるようにする」という部分が自分におちた。これを繰り返しやっていけば、「一体音読」もできるようになり、引いては直読直解に直音読直解につなげられるかもしれない。

3 「スローラーナーと向き合う心構え」 飯田勇人(越谷高校教諭)

学びについての研究を行うアーリック・ボーザーは、学習意欲の究極の燃料は学びの対象に価値を見出すことでると述べています。学習している内容が意義を感じられるものであり、情熱を掻き立てるものであれば、生徒自ら学習に一歩踏み出してくれるはずです。Big Project(正解のない課題)を取り入れます。BigProjectによる探究活動を通して、世界の課題に対する生徒の問題意識を高めていきます。生徒の学習意欲を駆り立てるような感情を揺さぶる課題設定ができれば、主体的に学習に取り組むことができるでしょう。

私たちは、「教科書を教える」のではなく、「教科書で教える」のだから、教科書をもっと読み込んで関連した記事や資料を用意する必要があると感じた。教科書中心に授業を展開するのだが、そこには内容に関連した、考えたり、資料を使ったり、また、調べたことを発表したりする(思考力判断力表現力)活動をもっと入れて行った方がいいなと思う。

4 「遠隔指導や距離を置いた従来型対面授業での評価」小泉利恵(順天堂大准教授)、鈴木駿吾(ランカスター大博士課程)、濱田彰(明海大講師)

5 「形成的評価を中心とした見取り」町田智久(国際教養大准教授)

形成的評価の重要性について、2つも記事が投稿されていたので、改めて認識する必要があった。

学習評価は形成的評価と総括的評価に分かれます。形成的評価は、その診断情報を学習指導・支援や指導改善に使うことを主な目的とし、児童生徒の学習の途中で行います。コロナ禍のような状況だからこそ積極的に進めたい、学習のための評価です。例えば、評価結果を生徒に返却し、次に行うべき学習内容を考えさせることができます。総括的評価は、どの程度学習が進んだかを、形成的評価の結果も含めてまとめるもので、観点別学習状況の評価・評定として通知表・指導要録に記入します。

一般的に、評価には2つの方法(総括的評価と形成的評価)があります。「総括的評価」は、単元や学期の最後に実施し、児童の学習成果を測る方法です。中学校や高校の中間・期末試験がわかりやすい例です。小学校の単元末テストや復習テストもこれにあたります。一方「形成的評価」は、指導の過程で実施し、児童の学習の進捗を図る方法です。児童の理解状況を観察から把握したり、ポートフォリオを活用したり、児童の自己評価を取り入れたりしながら評価します。児童の学習の進捗を測ることで、教師の指導の方向性を修正できます

6 森のメモ

日本語の否定と工程を入れ替えて英訳すると完結になるケースが時々あります。

譲歩を表す副施設中では未来の内容も現在形で表す。

disabilitiesではなく、different abilities

政治的に正しい(political correct, PC)

私はHSP(Highly Sensitive Person)です。

「気がつきすぎて疲れる」が驚くほどなくなる「繊細さん」の本 武田友紀著 飛鳥新社を読んで。

私はHSP(Highly Sensitive Person)である。やっとそのことがわかった。だから生きづらかったんだ。まずは長女から今日紹介する本の前作を紹介されて、読んだことが気づくきっかけになった。長女もHSPである。この本に出会う前は、人間関係やコミュニケーションの取り方など悩み苦しみ、たくさんの本を読んだりしたが、その本に書かれていることを実践してもあまりピンとこなかったことが多い。本作は、「繊細でストレスを感じやすい人が、繊細な感性を大切にしたまま、楽に生きる方法」が書かれている本である。

HSPは生まれもった気質である。「職場で機嫌が悪い人がいると、気になって仕事が手につかなくなる」「相手の気持ちを考えすぎて、自分の意見が言えない」「定時で帰れる簡単な仕事でさえぐったり疲れてしまう。自分にできる仕事はあるんだろうか」「これからどうやって生きていったら」このような感じ方をする人がHSPであり、たぶん非・HSPの人は上記のことは何も気にならないはずである。

考えすぎて動けないとき、合言葉は「ベストはさておき、とりあえず!」で前へ進むこと。

頭の中でグルグル回り始めてぐずぐずになってしまって、行動が止まってしまうことがある。最近は、その言葉を繰り返しながら、とりあえず、できることから始めて、できるところまでするようにしている。

気づかないよう自分を作り変えることではなく、「気づいたことに対する対処の仕方」を考える

苦手な人に嫌なことを言われると、その言葉が耳から離れず、悩んでしまうことが多い。非HSPの人からは、「聞き流せばいいのに「気にしなければいいのに」「笑い飛ばせばいいのに」「無視無視」と言われる。どれもできない。

「気づいたことに半自動的に対応し、振り回されている」らしい。

繊細さん(HSP)にとって最大の罠は「相手の“わからない“という感覚がわからない」ことなのです。

全くその通り。しょっちゅう連れ合いに、「自分だったら絶対にそんなことせんけどな。」と愚痴っている。すると、連れ合いは、「その人はお父さんじゃないんだから、わかるはずがない。」と言う。私は相手のわからないという気持ちがわからない。だから、悩んでしまう。

「私だったらもっと言い方に気をつけるのに」価値観や考え方は人それぞれ、とはよく言いますが、繊細さんたちが直面しているのは、価値観や考え方の土台になる感覚そのものの違いです。繊細さんたちのコミュニケーションには、言語外の情報が数多く含まれます。「なんで、あんなに無遠慮なんだろう!」「私だったらあんなことはしないのに。もしかして嫌われているんだろうか?」でも、世の中を見渡してみると、繊細さんの「ごく自然に配慮する」というする」と行いのほうがハイレベル。配慮するのが苦手な相手に対して「配慮してくれないなんて、なんてひどい人なんだ」と憤慨するのは、向こうからすると、めちゃくちゃな言い分なのです。そう思ったら、「なんで?」と思う前に、相手がそれをそもそもできるのか?という視点で相手を観察することが必要です。やってほしいことを言葉ではっきりお願いする。すっきりした関係に落ち着いたそうです。

「相手も自分と同じように感じているはず」と思って非・繊細さんに接すると、思わぬすれ違いが生じ、誰も悪くないのに傷ついてしまう。「わからないわけがない」「わかろうとしてくれないだけだ」

といつも思ってしまうので、わからない人もいることをわかろうとする努力がいる。

人間関係の基本構造とは、「表に出している自分」に合う人が集まってくる、というシンプルな事実です。つまり、「本当の自分」を抑えて殻をかぶっていると、その「殻」に合う人が集まってきてしまうのです。表の自分を出せば出すほど、自分に合う人が集まって楽になるのです。これまで強く自分を押さえ込み、相手を優先してきた人が自分の意見を言い始めると、「人間関係の入れ替わり」が起こります。本当はあなたに合わない人たちが去るのです。人が離れることで、一時的に寂しい思いをするかもしれません。素の自分を出すにつれ、このように人間関係の入れ替わりが起るので、伸び伸びと自然体でいられる関係が増えていくのです。

自分を変えようと努力したことが何回もあった。自分が悪いと思うことも何度もあった。何冊も本を読んで、自己啓発セミナーにも行こうと思ったことがあった。特に、病気のときはそれを始終考えていた。しかし、それはすべて徒労だったということがこの本を読んでわかった。生きづらい自分も含めて、素の自分だから、その自分に集まってきてくれる人だけを相手にすればいいことがわかった。もちろん、難しい人とは距離を置いて。

「誰かのことを嫌いって思ったことはありますか?」相手を嫌えないがゆえに、人間関係に苦労する繊細さんがいる。「キライ」を封じていると、依存されたり相手から過度に干渉、要求されたりと、かえって人間関係がこじれてしまうのです。繊細さんは感じる力が強く、「なんか変な感じ」「合わなそう」などと感じています。これまでの人間関係を振り返ってみて「変だと思った相手とは、やっぱりこじれる」と言う人は、第一印象を信じてください。変だと感じたら不用意に近づかない、しばらく様子を見るなど、警戒が必要です。コツは、問題が起きていなくても、最初から近づかないこと。嫌いを禁じることで、かえって苦手な相手との距離が近づいてしまうのです。あたたかい人間関係を作るには、苦手な相手をきちんと嫌って遠ざけることが必要です。

私は感じる力が強いので、初対面でもこの人と合うかどうかわかる。わかっていながら、その人との距離を詰めようとしてしまう。仕事や趣味など、物事が円滑に進むように努力してしまうみたい。人間関係を誰とでも円滑にする必要などない。距離を取ることが大切であることがわかった。

言語外の情報も細やかにキャッチするため、相手と境界線を引く必要があります。テレビ画面の向こうの人が話している、とイメージする。相手との間に透明な壁をイメージする。繊細さんは、相手が投げてくるボールを拾わずにはいられないことがあります。相手の話を聞いていて疲れを感じたら、その人はテレビ画面の向こうの人だとイメージしてみてください。相手の感情が強い時は、自分と相手の間に、あの分厚くて透明なアクリル板を下ろすのです。相手との間に物を置くのです。「ここが、あなたと私の境界線です。」と意識しながら、相手と自分の間にペンを置いてください。相手の話を聞き続けるのがしんどいなと思ったら、椅子の背もたれまで体を引くのです。

私のようなHSPは、相手との距離を取ることが苦手で、自分に向けられてなくても、相手の悲しみや怒りなどを感じ、ぐったりしてしまうことがある。感じやすいのだから、相手からの情報をキャッチしないようにしないと。

「人に頼るのが苦手です。」「相手のことを考えるとなかなか頼れない」と話す繊細さんはたくさんいます。元気に生きるためには、周りに頼ることがとても大事。自分でできるからって全部自分でやろうとせず、人に頼る。大変な時だけでなく、日常的に頼る。相手の状況を推測せず、言葉で確かめる。「◯◯してほしいけど、どうかな?」と聞いてみる方が断然確実で早いです。「無理そうだったら言ってね。」と一言付け加える。相手を心配しすぎるのは、実は相手の力や判断を疑う行為です。かなえてもらったら満面の笑顔で「ありがとうございます。助かります〜!」と言ってみましょう。繊細さんにしてほしいのは、「ちょっとしたことを、軽く頼む」練習です。「ちょっとお願い⭐️」は、繊細さんの人生を支える言葉。

私は本当に頼むのが苦手。逆に、「自分1人でできることを人に頼むなんて、ありえない。」と思っていたし、「こんなことくらい1人でできるやろ。なんでみんなを巻き込んでするの?配慮も足りないし、仕事のできない人だな。」と陰口を叩いていたりした。間違っていた。相手を一切頼らないことは相手を尊重していないことにつながることがやっと今頃になってわかった。最近、人に頼る練習をしている。印刷くらい私に5分あったらできることなのだけれど、自分1人でできることでも、人にお願いしてやってもらっている。「こんなことお願いして大丈夫だろうか!?」とひたすらいい気分はしないが、練習のつもりで頑張っている。相手に頼ることは相手を尊重することなのだ。「忙しくない?大丈夫?」と「ありがとう。めちゃ助かった。」というメッセージを忘れずに言っている。

自分の居場所は、まず、自分の中に作ることが必要なのです。何か大変なことがあったら、「こんな自分はダメだ」と責めるのではなく、「つらいなあ。よくがんばってきたな」と自分を慰め、いたわる。自分の中に、自分の居場所を作ること。自分の味方でいること。それが人とあたたかく関わるために1番必要なことなのです。

「自分の味方でいること」という言葉がとても印象的。自分の味方でいるためには、どうすればいいのだろう?失敗したり苦しかったりしても、「よくがんばっているよ。」と常に自分に声をかけることが大切なんだろうなと思った。

繊細さんは非・繊細さんより多くの物事に気づくため、気づいたことに片端から対応していると、処理する量が単純に多くなり疲れ果ててしまうのです。そのため、気づいたことに半自動的に対応するのではなく、対応すべきものと放っておくものを自分で選ぶ必要があります。

私はいつも忙しい。仕事でもプライベートでも忙しい。プライベートは仕方がないにしても仕事はゆったりしている人も多いので、自分がバタバタと動くのはなんかおかしいなと思っていた。「半自動的に対応」はすごくよくわかる。今の私は、「半自動的に対応」しない人の方を、心の中で責める傾向にある。子どもに関わることでなければ、ゆっくりやろうと思う。

繊細さんは、周りの人の感情に気づくからこそ、なんとかしなければと「明るく声をかける」「不機嫌な相手ほど手厚く対応する」といった行動をしがち。でも実は、そうやって対応すればするほど、相手は繊細さんに寄りかかります。誰かの機嫌が悪いと気づいたら、「機嫌が悪いんだな!」と思うにとどめ、あとは放っておいてください。お手洗いに立つ、他の場所で作業するなど、できるだけ相手から離れましょう。不機嫌な人のそばで行動したら、不機嫌な相手をケアするのではなく、穏やかな人と話す、女性ならハンドクリームを塗るなど、自分をケアする行動をとってみてください。

機嫌の悪い人の近くにいると、ドキドキするし、「自分がその人の機嫌を損ねたのではないかと原因を探したりする」自分がいる。まずは、その場所を離れてること。そして、「その人は今機嫌が悪いんだな。」と思って放っておくこと。

「人は、自分のままで生きると元気だ」繊細さんには共通する強みが5つあります。感じる力、考える力、味わう力、良心の力、直感の力です。感じる力では、仕事においては他の人が気付かない小さなことにも気づく、問題点を察知するといった形でも現れます。良心の力では、信じることに真摯に取り組む。自分の納得と相手への誠実さを両立させて、大きな力を発揮する。自分の納得と、相手に誠実であること。この二つを両立したとき、繊細さんは仕事で大きな力を発揮します。直感の力では、直感を使うことで、問題点にいち早く気づける。繊細さんは本屋でタイトルを見るだけで自分好みの本を選ぶことができる。

確かに、人から素晴らしいと言われても、自分が納得できなければ、満足が味わえず、自分で納得していても、人から称賛を得られないと、不快な気分になる。自分の納得と相手への誠実さ両方がないと力が発揮されないというのは本当である。両方が両立しないと、「何かおかしいな」という気持ちが絶えず自分を取り巻くような状態になってしまう。

自分の「こうしたい」という思いを感じ取り、一つ一つ叶えようと行動することで、「私はこれが好き」「こうしたい」と、自分の軸が太くなっていきます。自分の軸が太くなるにつれ、相手の感情や意見に左右されにくくなり、人の中でも楽に過ごせるようになる。やりたいことができるようになる。繊細さんは、自分の本音を大切にすることでたくましくなっていくのです。嫌なものや不快なものなど、自分に必要ないものをスーッと流せるようになります。自分を雑に扱う人と距離をとり、自分に合わない職場を選ばないようになるからです。

自分のやりたいことをやる。我儘くらいでいいのかもしれない。

自分の本音を知る方法は3つ。一つ目は言葉を手がかりに読み解くこと。二つ目は、繊細な感覚を感じとること。そして3つ目は、自分自身と対話することです。こうしたい」は、本音の可能性がありますが、「こうしなきゃ」は、世間の声。窮屈な感じがする、暗い気持ちになる、義務感がある、のならば、少なくとも「今は」やりたくないのです。繊細さんによくあるおは、頑張りすぎて疲れ果てているケースです。やりたいことが、「眠りたい」「休みたい」でもいいのです。ゆっくり眠りたい、休みたいなどの気持ちが出てきたら、どうか自分を休ませてあげてください。やりたいことをやると、心身にエネルギーがたまります。

これも連れ合いからよく言われる。「好きなことですら、『やらなくちゃ』っていうんやな。全部義務感で動くの?楽しくないね。」確かに。やりたいことが山積していて、それを一つ一つこなすだけでかなりの気力が消耗してしまっている自分がいる。もっと、したいことを絞って、本当にしたいことだけにゆっくり時間をかけないとと思う。

「あの人、苦手だな」と思ったら、自分からは近づかない。「ゆっくり眠りたい」と思ったら、休みの日に思う存分眠る。「公園にお散歩に行きたいな」と思ったら、家事も資格の勉強も一旦お休みして、足を伸ばして行ってみる。うれしい、楽しい、ほっと安心する。毎日の小さな本音を叶えることで、心が充電されていきます。

Oral Introduction が改めて大切であることを実感しました

1 「日常の中の英文法ー街角の「おかしな英語」に着目して、」唐澤一友(立教大教授)

 複数の数字が続く場合、Nos. 7 and 8「7番および8番」のように、複数形Nos.(numbers)を使う必要がある。この種の表現は、Cars 2-4「2〜4号車」やRooms 10 and 14「10号車及び14号車」等のように、日常の中で応用が利く便利なものである反面、

Cars 2-4は新幹線のアナウンスで聞いたことがあるが、Nos.やRoomsと複数形にして表すことはあまり馴染みがなく、今回初めて知った。

2 「休校のあった小学校で新課程初年度をどう仕切り直すか」直山木綿子(文科省視学官)

言語活動の定義について、再確認した。何度見ても覚えられないし、実際に授業ではやっているものの、定義を思い出すことができない。

「『小学校外国語活動・外国語研修ガイドブック」(2017文科省)では、「言語活動は、言語材料について理解したり練習したりするための指導と区別されている。実際に、英語を使用して互いの考えや気持ちを伝え合うという言語活動」と記されている。

3「教科書本文の扱い方」(萩原一郎(都留文科大学特任教授)、久保野りえ(都留文科大学非常勤講師)

Oral Introductionについて。私の実践を図らずもいつも強化してくれる記事が多いので、とても心強い。英語自体から意味を取る回路を自然に生徒の頭に作るようにしたい。(苦手な生徒)彼らこそ自力で教科書を読むことが難しいので、Oral Introducutionでイメージをつかませることが重要。OIのポイント。①最初に文を見せるのではなく、音と視覚資料から入る。②絵やジェスチャー、馴染みのある外来語や既知の単語を使って、生徒に英語で語リ、場面を理解させる。できるだけ、生徒とやりとりしながら、場面の理解に導く。登場人物になったつもりで、その場面を演じてもよい。④理解を助けるために、教科書通りに拘らず、その場面らしい文やセリフを付け加えるとよい。⑤表情や言い方のトーンで理解を助けるようにする。⑥音声で理解したものを、今度は開本して綴りと結びつける。初学者はこの段階ができないこともある。

4 English Beyond Words: The Culture of American English④ English is structurally Individualistic (J. Reese)

文化や言語特性から主語を入れない日本語とあまり主語の省略のない英語が対比されている。individualistとcollectivist culturesの違いであると言われている。英語が前者で日本語は後者。Language spoken in individualist cultures tend to require speakers to use the ‘I’ pronoun when referring to themselves; languages spoken in collectivist cultures allow or prescribe dropping this pronoun. 従って、that’s why I (the author) recommend Japanese students get comfortable using. ‘I’ as soon as possible when they start speaking English… have to start every sentence with ‘I’である。確かに、海外ドラマも映画も会話では、’I’で始まるセリフが多い。