「問いのデザイン 創造的対話のファシリテーション」を読んで

 「問いのデザイン 創造的対話のファシリテーション」安斎勇樹 塩瀬隆之 著(学芸出版社)

 発問がうまく行かないと、子どもの活動がうまく行かない。逆に考えると、「発問が上手くいけば、子どもの活動がうまくいく。」活発でやる気に満ちた子どもたちが前向きに動いてくれる授業になることがある。特に、道徳の授業で発問の仕方に迷ってしまうことがある。この本を読むと、どう発問すれば良いかのヒントがもらえたような気がした。発問≠問いではないので、それはわかっているつもりだ。

 「問いを変えることによって、導かれる答えは変わりうる。」私たち教員もどのように発問するかで、子どもたちの答え方も変わってくる。いかにのめり込んで考えられるような「問い」を設定できるかが鍵である。

 「問い」は、思考と感情を刺激する。

 そのような問いを仕組むことが大切である。例えば、「象の鼻くそはどこに貯まるのか?」と聞くと、たくさん想像力をめぐらし、いろんな答えが導かれたということ。「考えたい」と動機付けられる考えたい」とどう気付けられる。

 「問いは、集団のコミュニケーションを誘発する。」

 授業でもしっかり練られた発問にはペアで話をさせていても喰いつく。

 「対話を通して、問いに向き合う過程で、個人の認識は内省される。」

 暗黙のうちにお互いが当たり前だと思っていることが、対話によって、メタ認知向上につながっていて、内省へと結びついていく。

 「対話を通して問いに向き合う過程で集団の関係性は再構築される。」

 お互いの認識に差がある場合、「溝に橋をかけ」相手を知ろうと心がける。

  「創造的対話とは、コミュニケーションから新たな良いやアイディアが創発する対話のこと。

 そのトリガーとして、問いは機能している。例えば、「危険だけど、居心地の良いカフェは?」という「問い」の方が創発的対話は促進する。

 「問いは創造的対話を通して、新たな別の問いを生み出す。」

 認識と関係性が編み直される。例えば、しまうまの模様はとても複雑で良く観察しないと人に伝えることはできない。目に見える人より見えない人の方がしっかり説明できることがあり、教える教えられる関係性の再構築になる。

 ここで、「問い」の定義とは、

 「人々が創造的対話を通して認識と関係性を編み直すための媒体」

 発問とは、問う側が答えを知っており、問われる側は答えを知らない一方、問いは問う側も問われる側も答えを知らない。

 「問題」と「課題」について。

 「問題」は、「何かしらの目標があり、それに対して動機づけられているが、到達の方法や道筋がわからない、試みてもうまく行かない状況のこと。

 「課題」は、関係者の間で、「解決すべきだ」と前向きに合意された問題のこと。

 授業では、課題を提示するが、授業の冒頭で、生徒と「解決すべき」であると前向きに合意させていかないといけない。

 課題設定には罠が5つ存在する。

 ①自分本位(自分本位の視点に偏って、経験者全員にとって建設的になっていない) ②自己目的化(導入する意義や目標を吟味しないまま設定してしまうこと) ③ネガティブ他責(課題の設定が後ろ向きになっている) ④優等生(「ポイ捨てを減らすにはどうすれば良いか?」という問いに対して、優等生的な答えしか導かれない) ⑤壮大(設定される課題が壮大過ぎる)

 問題に対してどのような心構え(マインドセット)で迎えるか。問題をどのように捉えるのかについての思考法は5つある。

 ①素朴思考(浮かび上がった疑問をぶつける。良い質問でなくても良い) ②天邪鬼思考(わざと批判的に問うてみる。素朴思考とのバランスが重要) ③道具的思考(記号やモデルを使う。問題の深掘りが進まなくなったとき、「道具」を通して別の角度から問題を捉える) ④構造化思考(複雑な問題状況に対して課題を定義しようとする際には不可欠。問題を構成する要素を大まかにみて、それぞれの要素の関係性を分析・分析する) ⑤哲学的思考(本質を捉えること。「それが確かに物事の本質かもしれない」という互いに納得できる共通理解に達すること)

 課題を定義する手順

STEP1 要件の確認→問題状況を解決するにあたって必要な情報を確認。「目標」をしっかり確認。

STEP2 目標の精緻化→①短期中期長期目標にブレイクダウン②優先順位をつける③プロセス目標(副産物として生まれるもの)、成果目標(実際の目標)、ビジョン(将来的な理想)に目標の性質によって整理 ⭐️「目標を決めるという目標」、「共通の目標を決める」というメタ目標を設定

STEP3 阻害要因の検討→目標が実現されない5つの要因 ①そもそも対話の機会がない ②固定観念が強固 ③意見が分かれて合意形成ができない ④目標が自分ごとになっていない ⑤知識創造性が不足している 

STEP4 目標の再設定(リフレーミング)→リフレーミングのテクニック ①利他的に考える(自分本位は❌) ②大義を問い直す ③前向きに捉える ④規範外にはみ出す ⑤小さく分割する ⑥動詞に言い換える(「万歩計」をリデザインする→歩行で「測る」をリデザインする) ⑦言葉を定義する ⑧主体を変える ⑨時間尺度を変える ⑩第3の道を探る

STEP5 課題の定義→良い課題の判断基準 ①効果性 ②社会的定義 ③内発的動機 ⭐️「衝動」を掻き立てる課題設定(やりたい考えたい)

 ワークショップについて。私の授業は、子どもたちにたくさん活動させたいという観点から、ワークショップ形式である。私がファシリテーターで子どもたちを導いていくというスタイルをとっている。子どもたちが主体なので、「果たしてこれで良いのだろうか?」と思うこともある。

 作者によると、ワークショップの定義とは、「普段とは異なる視点から発想する、対話による学びと創造の方法」。こう考えると、私の実践しているワークショップとは少しずれている。私の方には、「異なる視点」という部分と「創造」がない。

 ワークショップの4つのエッセンスとは、①非日常性 ②協同性 ③民主性 ④実験性 ⭐️ボトムアップの考え方

 ブレストが唱えるワークショップの失敗とは、「判断や結論の排除」、「質より量」、「アイデア同士の結合と改善」の4原則がないこと。

 そもそも思考がどのように深まり、アイデア同士が合わさって新たな創造性に結びつくことへの十分な配慮が必要。

 ワークショップのデザインとは、普段と異なる視点→対話で新しいアイディア→集団が囚われた認識と関係性が編み直される。

 ワークショップの基本構造は、改めて、導入(イントロダクション、ディスプレー)→知る活動(資料、情報提供)→創る活動→まとめ(発表、振り返り)

 問いにひねりを利かすことも大切。「あなたの得意技は?」→「あなたの意外な弱点は?」、「あなたの職場の課題を病気やケガに例えると?」

 どのように参加者の経験が必要かあぶり出し、「課題」を「経験」に翻訳すること。

 問いの制約を設定するテクニック

①価値基準を示す形容詞をつける。「良い」→「快適な」 ②ポジとネガ 「最高の」、「最悪の」 ③時間の制約をつける。「2030年において」 ④想定外の制約 「危険だけど居心地の良い」 ⑤アウトプットの形式に制約をつける 「◯◯の3つの条件とは?」 

 「居心地の良い図書館を考えて、レゴブロックでミニチュアを作ってください。」これだけではいささか乱暴な問い(創る活動)になるので、「意味」と「仕様」を一度に尋ねるのではなく、「良い図書館とは?」と「具体的な仕様とは?」と二つに分けて尋ねる方が良い。1 あなたがこれまで経験した居心地が良かった場所は?→その場の居心地の良さを作り出している要因は? 2 居心地の良い図書館のミニチュアを作る。

 テクニック ①点数化(「あなたの現在の仕事の満足度は何点?」→「100点とはどのような状態?」、「+5点にするには?」) ②グラフ化(「入社してから現在に至るまでノアタナの仕事の充実度をグラフにすると?」→「なぜ上がっているのか?(なぜ下がっているのか?)」 ③ものさしづくり(点数化の後、「なぜこんなに人によって、ずれてしまうのでしょうか?」→「付箋に書き込みましょう。」) ④架空設定(「もし◯◯だったら?」) ⑤そもそも(「そもそも図書館とは?」 ⑥喩える(「あなたの職場の課題は?」→「あなたの職場の課題を、病気やケガに喩えると?)

時間調整 導入10〜20%、知る活動20〜30%、創る活動30〜40%、まとめ10〜20%

課題のデザイン 良い課題の判断基準 ①効果性 ②社会的意義 ③内発的動機

問いの因数分解 ①「過去の経験を探索させる問い」(朝ごはん何を食べた?) ②「価値観を探索させる問い」(最も豊かな制約→「今日は◯◯」 ③「集団の合意点を探索させる問い」(「三つの条件とは?」) ④「朝食のメニューとは?」(解決策の探求)

良いアイスブレイクの問いのポイント ①固定観念を揺さぶる ②集団の関係性を揺さぶる ③警戒と緊張をほぐす ④テーマと接続させる

ファシリテーターのコアスキル 1️⃣説明力→①問いの焦点を明確に伝える ②問いに記述されていない背景の意図を伝える ③前の問いとのつながりについて補足する ⭐️問いと課題とのつながりを一言をそえる ⭐️問いに引きつけるポイント ①好奇心に基づく注意を引く ②参加者自身との関連性を意識している 2️⃣場の観察力→「沈黙する時間」も必要。その時がなぜ発言がないのか見極める。「鳥の目」と「虫の目」(俯瞰的と精緻に観察(場の視点を捉える)) 3️⃣即興力 4️⃣情報編集力 5️⃣リフレーミング力 6️⃣場のホールド力

ファシリテーターの芸風 ①場に対するコミュニケーションスタンス ②場を握り、変化を起こすための作戦 ③学習と創造の場づくりに関する信念 ⭐️ワークショップの「問い」は、その場にる誰もが気づいていない答えに辿り着くためのトリガー。 ⭐️「まとめ」の発表へのフィードバックでは、予定していた終わりの言葉を予定通り並べるより、その場で手に入れたばかり予想していなかった言葉をかける。

即興的な問いかけ ①シンプルクエスチョン「素朴な疑問」 ②ティーチングクエスチョン「欠けていた視点に気づかす質問」 ③意欲、思考、価値観を引き出す問い「コーチングクエスチョン」 ④フィロソフィカルクエスチョン「そもそも◯◯とは何でしょう?」 ⭐️対話を可視化するグラフィックレコーディング

授業でも発問焦るばかり発問を詰め込んでしまうばかりに、ブツ切れで思考をストップさせてしまうことがあるので、思考がスムーズに流れるように、発問と発問、意見と意見をつなぐような「問い」をデザインすることが大切だとわかった。初心に立ち返ってもう一度「問い」をデザインし直すことにする。

英語教育12月号を読んで

「書くことは考えること『相手意識』に立脚した論理的思考」で、山岡大基教諭(広島大学附属中・高等学校)は、

(中略)「思考力」とは、コミュニケーションの目的・場面・状況を考え、相手にとって最適な言葉遣いを選択していく。そういった「相手意識」を働かせることが「思考」であり、それができる力が「思考力」

と語っている。さらに、

 外国語教育における「課題」とは、一義的には、「コミュニケーション」なのだということです。その限りにおいては、英語の授業として育てるべき「思考力」とは、コミュニケーションの相手を意識して英語を使う力だと言えるでしょう。

お互いの考えや意見を伝え合うためには、コミュニケーションを成立させなければならない。その上では、様々な課題が存在する。話す力、聞く力、表現する力、伝える力、会話構成能力、そのどれもが必要であり、それらの力をつけていくことも課題である。その中でも最も大切なものは、「相手意識」であると言う。

 自分の手持ちの情報をどのように活用すれば、読み手に納得してもらうことができるのか、という思考が必要になります。

「少人数ゼミでのWriting指導 リベラルアーツ教育とAcademic Essay Writing」で、山本永年教諭(市川中学校・高等学校教諭)は、

 Academic Essay Writingにおいて、英語のチェックについては2点心がけていることがある。1つめは、生徒同士が読んでわかるかどうかという点である。(中略)2つめは、オンラインによる文章のチェックである。Cambridge English Write & Improve®︎やGrammarly®︎を生徒に使わせている。

と、オンラインでミスをチェックさせてから提出させている。少し調べてみた。Cambridge English write & Improve®︎とGrammarly®︎は、次のような感じ。

https://writeandimprove.com/

Grammarly®︎はここでダウンロードできる(無料版)https://www.grammarly.com/m

ぱっとみた感じだけであるが、Grammarly®︎の方が使い勝手が良さそうである。是非、使ってみたいと思う。

「書くことに困難を抱える児童生徒への指導」で飯島睦美教授(群馬大学)

は、こんんなんと特性の特徴を考慮した指導について、次の9点を挙げている。私はこの中で、2番目を中心に指導してきたが、さらに8点の興味深い提案がある。

 ①文字の大きさや感覚に注意して書字練習

 ②文字と音の融合 ⭐️ 私が心がけてやっている「音素カード」である。

 ③絵画情報提示 文字や音だけでなく絵で概念を把握させること ⭐️ これも  「音素カード」で提示している。

 ④明示的・演繹的導入 自らルールを発見する(暗示的)が苦手なので、ルールを提示し自動化させる。

 ⑤単語カード並べ替え カードを並べ替えて語順のトレーニングをする

 ⑥パターンプラクティスを活用した自動化

 ⑦演繹的導入によるブレインストーミング 書く内容について内容を膨らませる。

 ⑧スモールステップによる段階的指導

 ⑨接続詞とディスコースマーカーの指導 論理的で一貫性のある英文を作成するため。

 まずは正しく字を書くことから。1年生ではこの部分を徹底的にやりながら、少しずつ文章を書く量をスモールステップで増やしていく。

「文章を『書き直す』ことで考えを明確にする」で佐渡島紗織教授(早稲田大学)は、推敲について論じている。

しかし、文章を「書き直す」ことには、大きな意義がある。表現に関わる直しはもちろんのこと、内容も変わることになるからである。私たちは、考えを言葉にすると文章ができると考えがちである。つまり、考えが先で言葉は後であると。しかし実際は、私たちは言葉の使い方を検討することを通して考えを練るのである。私たちは言葉を操作して施行するからである。この考えの転換を哲学では「言語論的転回」と呼ぶ。だから、書かれた文章を、言葉の使われ方に着目して検討し直していくと、自ずと書き手の考えが整い、その結果、読み手にも分かりやすい文章ができる。

 推敲することで、頭が整理される。内容が良くなる。何度も読み返すこと。稀にデータ保存に失敗して全ての文章が消えてしまった時など、改めて思い出しながら文章を再生すると、前回のより良いものができたりする。そんな感じかもしれない。

MEMO:p+igのようにオンセット(母音より前の部分)とライム(母音から後の部分)に分解して音を合わせる練習

小学校英語 教科書活用のヒント 第9回「スピーキングの指導方法」町田智久(国際教養大学准教授)

Big voice, Eye contact, Gesturesという3要素だけでなく、さらに3要素追加すべきである。Authenticity(身近な場面を設定する), Personalization(児童に関連づける), Creativity(創造性を加える)

新しい日常における英語語彙指導・2ー学習方略指導と語彙テストの観点から 中田達也(立教大学准教授)・内原卓海(ウェスタン大学博士課程)

テストをした方が学習内容が定着することは、エビデンスから科学的に証明されている。ならば、小テストや単元末テストはした方が良いとこの記事を見て確信した。まずはコアミーニングについて、

 コア・ミーニング(複数の意味に共通している中心的な意味)を把握することを目指しましょう。コア・ミーニングを知る上では、オンライン辞書weblio(https://eject.weblio.jp/)が便利です。主な多義語のコア・ミーニングがイラスト付きで掲載されています。

https://ejje.weblio.jp

語彙テストの活用については、

 これまでの研究により、テスト自体に学習効果があることが示されています。(中田2019)つまり、テストは評価のためだけでなく、学習活動の一環としても用いることができます。「学習のためのテスト」と「評価のためのテスト」という観点から、語彙テストの活用法をご紹介します。 

 「学習のためのテスト」においては、興味深い研究があった。単に、テスト範囲のテストを行うより、これまでのテスト範囲を含めた「累積テスト」の方が効果が高いというのである。

 非累積テストと比較して、累積テストは語彙習得を2〜3倍以上促進することが件キュにより示されています。そのため、単語テストを行う場合には、以前のテストでカバーされた単語も出題範囲に入れた累積テストを用いるようにしましょう。

音声テストについては、AELP等のwebサイトからダウンロードできます。

https://inetapps.nus.edu.sg/aelp/

評価のための語彙テストについては、

 Vocabulary Size Test

https://my.vocabularysize.com/

V_YesNo

http://www.lognostics.co.uk/

 Vocabulary Levels Test

https://www.lextutor.ca/tests/

が活用できる。

「罪の声」をみて

 11月の中旬くらいに、友人のMr. Tの勧めで見に行った。彼の勧める映画は、聞いた瞬間はあまりパッとしなくて、「見に行くまでもない」と諦めてしまうことが多いのだが、見に行った映画には不思議とハズレがない。今回のも勧められた瞬間はやめておこうと思ったのだが、どうしても気になって行ってしまった。かなり面白かった。

 公開して1ヶ月で評価が4.0なので大したものだと思う。

 「グリコ・森永事件」をモチーフにした映画で、実話だったら、これで解決したことになるのだろうけど、講談社BOOK倶楽部「塩田武士独占インタビュー」では、

https://news.kodansha.co.jp/20160803_b01

本作を読んだジャーナリストから電話をいただいたんですが、第一声が「これ、どこまで本当なの?」。僕は、取材の過程で作品に描いたような推理が成り立ったことを説明しましたが、その一方であの犯罪のあとには、いくつもの哀しい人生があったのではないかと思っています。とりわけ事件に利用された子供は、どのような人生を送ったのか……。そういうことに思いを馳せるところに、いまあの事件を取り上げることの意味があると思うのです。

とあるので、実話でもあり、創作もありという感じかもしれない。私の中では、この映画を見てあの事件の真相が全て解決されてしまったような錯覚に陥る。次は、映画.comによるあらすじ。

https://eiga.com/movie/91122/

実際にあった昭和最大の未解決事件をモチーフに過去の事件に翻弄される2人の男の姿を描き、第7回山田風太郎賞を受賞するなど高い評価を得た塩田武士のミステリー小説「罪の声」を、小栗旬と星野源の初共演で映画化。平成が終わろうとしている頃、新聞記者の阿久津英士は、昭和最大の未解決事件を追う特別企画班に選ばれ、30年以上前の事件の真相を求めて、残された証拠をもとに取材を重ねる日々を送っていた。その事件では犯行グループが脅迫テープに3人の子どもの声を使用しており、阿久津はそのことがどうしても気になっていた。一方、京都でテーラーを営む曽根俊也は、父の遺品の中にカセットテープを見つける。なんとなく気になりテープを再生してみると、幼いころの自分の声が聞こえてくる。そしてその声は、30年以上前に複数の企業を脅迫して日本中を震撼させた、昭和最大の未解決人で犯行グループが使用した脅迫テープの声と同じものだった。新聞記者の阿久津を小栗、もう1人の主人公となる曽根を星野が演じる。監督は「麒麟の翼 劇場版・新参者」「映画 ビリギャル」の土井裕泰、脚本はドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」「アンナチュラル」などで知られる野木亜紀子。

2020年製作/142分/G/日本
配給:東宝

 「グリコ・森永事件」が起こったのは、ちょうど、私が浪人生活をしている時。名古屋の駅裏(現在の新幹線口)に下宿して河合塾に通っていたときの頃。当時の名古屋駅裏はホームレスが多く、冬場は暖かいコインランドリーにたくさんいらっしゃって、まだ19歳の私は洗濯をしに中に入れなかった時があることを覚えている。予備校帰りに、小さいハンドバックにつけられている金の鎖をクルクル振り回しながら近づいてくるお姉さんに、「遊んで行かない?」と毎日声をかけられていた。治安があまり良くない地区に住んでいた。下宿から歩いて10分ほどのスーパーに、「毒入りキケン」と書かれたお菓子が見つかったのは、確か、秋〜冬くらいだったと思う。とても怖かった思い出がある。そして、事件がかなり身近に感じていた。その思い出が今でも忘れられない。

 体制に反旗を翻し、いつか住みよい暮らしやすい身の回りを実現したい、お金持ちや権威者だけがのさばる世の中を変えていきたい、そのためには、緩やかな変革ではなく激しく暴力的な部分もないと、世間や世間の考え方は変わっていかない。イスラム教を世界に広げていく過程で、「ジハード」も止むを得なかったという時代があったのもうなづける。日米安保をはじめとする不安と不満から起こった学生運動が鎮火されても、火種はまだ止まず、反体制を目指し、あの事件へと動いて行ったというストーリーは十分ありうると思う。