「ぼやいて、聞いて。」を読んで

「ぼやいて、聞いて。」 ナイツ 塙宣之 左右社 

朝のNHKのラジオ番組で、俳優・エッセイストの中江有里さんの書評を聞いて、買ってみることにした。元々、私はナイツのファンで、塙さんの話を聞いたり、漫才を見たりすると、笑いが堪えなくなることがあり、楽しみにしていた。

「芸人だけどつるめない」という文句が宣伝となっている。私もそうだ。友達や仲間といるのは楽しいが、つるめない。1人が楽しい時が多いのもそうだが、相手に合わせるのが嫌い、自分がやりたいことをやりたいときにやりたいようにしたい。やりたくもないのに、友だちや仲間がしたいからするというのは、嫌だ。要はわがままなのである。

型を発見することが、「伝える」ことの近道

伝えるというのは、私が日頃仕事でも意識していること。私にとっても大切だが、生徒にとっても大切にしてほしいこと。伝えるためにはどうすればいいのか。話し方、ジェスチャー、ユーモア、時には厳しさ。塙さんが言うように、確かに「型」がある。「創造は模倣からスタートする」のである。その「型」は先輩や偉人たちなどから盗むこと。または目の前で活動や作業している生徒たちから見て学ぶこと。絶対にだれも教えてはくれない。いろんなところにピースが落ちていて、そのピースを拾い集めて、「型」にする。観察力も必要だしマメさが必要だと私は思う。「型」は型と書くのに、「形」がない。無形なものを会得するには注意深く観察して、心と頭に叩き込むしか方法はない。

作文、スピーチ、ビブリオバトル、プレゼンテーション、学校にはたくさん「伝える」活動が仕組まれている。

準備不足、練習不足、ひいては空気づくりの蓄積不足

本番が成功するかどうかは、準備がいかにできているか。「こんなことも練習するの?」ということまで練習すること。一緒に本番を迎える相手やスタッフ、会場の聴衆まで、自分のパフォーマンスに集中していただけるように、空気作りをすることが成功の秘訣だと確信している。本番の自分や本番の会場の雰囲気をシュミレーションしながら、臨場感をイメージしながら、リハーサルを重ねることで、平然と本番を行えるようになる。「すごいですね。緊張もせずに、ささーっとできるんですね。」とよく言われるけれど、そこに至るまではかなりの時間をかけている。それでも成功する時もあれば、失敗してしまうことも1度や2度ではない。

ぼやくことはとても大切で、若い人ではなく、私たちのような年齢でなくてはできないことだと思っている。若い人は若い人らしく、勢いを持って物事に取り組んでほしいし、年老いてきた私たち(先輩方に言わせれば、まだまだだと言われると思うが)は、経験をたくさんしてきて、周りをよく見渡せるようになって、若い人たちが気づかない様なことをいう必要がある。うるさがられても、ぼやいて、小言を言ったりして、そして、また若い人たちが年配になったときに、同じことが繰り返せるようにしなければならない。

なんか、そんなことを再認識させられた一冊だった。

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