「街とその不確かな壁」を読んで

「街とその不確かな壁」村上春樹著 新潮社 2022年初版

やっと読める。待って待って待ち侘びてやっと新刊が出た。すぐに購入したのに、もったいなくて読めなかった。これは村上春樹の小説を読む時はいつもそうだが、すぐに読みたいのに、もったいなくて読めなくて、しばらく時間が経ってしまう。読んでいる最中は、面白くて、「あと何ページしかない!!」と、本とのお別れを惜しんでドキドキしてしまう。

ASDと思われる、イエローサブマリンのパーカーを着た少年。現世では生きづらいから、高い壁のある時間の止まった場所へ行くことになる。現世ではできないことが多くても、その世界では話すことも意志疎通もできる。夢読みの仕事も継承することができる。どちらの世界が本当だとか嘘だとか、それは関係ないようだ。どちらの世界も存在する。生きづらい世界で生きていくよりは、家族ですら会えなくなってしまったとしても、生きやすい世界に行く方がいいのではないか。ASDの子達を見ていると、素晴らしい世界を持っていて、その世界は誰にもじゃまされない禁断の場所のようで、でも社会で生きている以上、自分だけの世界で生きていることは許されないばかりか、事あるごとに健常の人から(または先生や家族などの権力を持った人たちから)侵食されてしまう。きっと誰にも邪魔されず、自分だけの世界で自分が良いと思うことだけやっていい場所、誰にも侵食されず、誰にも評価されることもなく、堂々と生きて行ける場所が高い壁に囲まれて時間の止まった場所なんだろうと思った。

私もASDである。幼少時代から今でも生きづらいことがある。自分がやりたくて、自分で良かれと思ってやっていることも非難の対象になったり、妬み嫉みの対象になったりする。人から評価されなくてもいい。好きなことを頑張ってやって、その創造が形となって残ってくれて、それを自分で眺めるのが好きだ。私は家族と離れるのは嫌だけど、その高い壁の世界に憧れはある。

この小説には、LGPTQIA +の人物が登場する。この中では、AのAsexual(アセクシュアル)で、「生まれつき、性的欲求がない人」になる。主人公の男性と福島県のある村で知り合うわけだが、生物学的には女性であるけれど、性的欲求がない。この人もこのことにより、生きづらい人生を送ってきた人物である。

主人公も実体を伴う私と実体と引き剥がされた影の私がいて、現世と高い壁のある世界とを両方が存在している。どちらがどちらで暮らしているのか、物語後編ではわからなくなってします。

これ以上書くとネタバレになるので、ストーリーは書かない方がよい。ただ、村上春樹本人も40年前に「文學界」に寄稿したときは作家として腕がなく、中途半端に雑誌に出してしまったことを後悔しておられて、40年越しに続きも含めて書けたことをとても喜んでおられた。「ノルウェーの森」よりももっと前に、アイディに着想を得たものなので、今の彼の真髄とは少し違うような気もするが、ASDやLGBTQIA +が出てくるところなどは、新しい時代の流れも組み込まれている。

かなりおすすめです。

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